大塚国際美術館の見所〜4 ストゥディオーロ
2014.10.18 カテゴリ:日本の美術館
- 大塚国際美術館〜ストゥディオーロ 最後の晩餐 ゲルニカ
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- 「大塚国際美術館」の1階には、展示スペースの他に広々とした庭園や空腹を満たすためのレストランがある。開館の9:30に入館して、閉館の17:00までいても、不便はなく一日楽しめる。1階の見どころは、系統展示のスペイン・マドリードにあるピカソ作「ゲルニカ」、12箇所の環境展示(オリジナル作品と同じ大きさに複製し、環境空間ごとそのまま再現した臨場感溢れる立体展示)の一つ、イタリア・ウルビーノにある「ストゥディオーロ」。そして数年前から見ることを楽しみにしていたB2階にあるダ・ヴィンチ作「最後の晩餐の修復前と修復後」へと向かう。(2014.9月17日〜18日撮影)
- ◆ストゥディオーロ(環境展示) 〜 大塚国際美術館 1階本館2
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- 大塚国際美術館の「ストゥディオーロ」は間口350×奥行425.5×高さ526.5で、イタリア・ウルビーノにある実際の「ストゥディオーロ」と同じ大きさで再現した立体展示(環境展示)。この「ストゥディオーロ」は、1階の本館2の一角に位置している。
- ◆ストゥディオーロとは 〜 大塚国際美術館
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- 大塚国際美術館 ストゥディオーロ
「ストゥディオーロ」(1476年頃)とは、中部イタリア・ウルビーノにあるフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの居城パラッツオ・ドゥカーレの中にあり、彼が使用していた書斎(伊語:ストゥディオーロ)のこと。「ストゥディオーロ=書斎」は、思索と瞑想の場として、ルネッサンスの知識人たちの間に流行し、特にこのパラッツオ・ドゥカーレは“ルネッサンスにおける最も重要な世俗建築”といわれている。(大塚国際美術館 西洋絵画100選より) ※パラッツオ・ドゥカーレは現在マルケ国立美術館 - ◆ストゥディオーロの装飾 〜 大塚国際美術館
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- 大塚国際美術館 ストゥディオーロ
ストゥディオーロの装飾で、最も目を引くのが四方の壁面を覆う寄木細工で、幾何学的な形態や静物、都市の景観などが描かれているトロンプ・ルイユ(だまし絵)効果にみられる。トロンプ・ルイユは、平面なのに扉が開いているかのように見えたり、引き出しが飛び出しているかのように見える、正にだまし絵の技法である。この寄木細工は、さまざまな形と色の木片を組み合わせて図柄を作り出す一種のモザイク技法で、ルネッサンス時代のイタリアで大いに制作されていた。(大塚国際美術館 西洋絵画300選より) -
- ◆ストゥディオーロの肖像画と天井 〜 大塚国際美術館
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- 大塚国際美術館 ストゥディオーロ
寄木細工の上部の肖像画には、ホメロス、ダンテなど古代の哲学者や聖人、中世の神学者たちに交じり、フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロとかかわりのある同時代人も含まれ、フェデリーコ自身の主観による人選で合計28人々が描かれている(大塚国際美術館 西洋絵画300選より)。また説明や書籍には取り上げられていないが、この「ストゥディオーロ」の天井も華やかで美しい。
- ◆庭園 〜 大塚国際美術館 1階
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- 大塚国際美術館の庭園
大塚国際美術館の地上1階の庭園は、芝生がひきつめられ、広々としていて心地よい空間。写真上の右側の建物が本館1と本館2で、写真上の正面に見える建物が別館で、1階にはレストランもある。 -
- 大塚国際美術館の庭園
陽射しを防ぐパラソルの下で、暫し寛ぐと、新鮮な空気と雄大な景観で疲れが癒される。 -
- 大塚国際美術館の庭園
庭園からは神戸淡路鳴門自動車道や対岸の淡路島、鳴門海峡を見渡すことができる。
- ◆パブロ・ピカソ作「ゲルニカ」 〜 大塚国際美術館 1階(系統展示)
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- 大塚国際美術館 パブロ・ピカソ「ゲルニカ」(1937年作)
大塚国際美術館のパブロ・ピカソ作「ゲルニカ」は、庭園正面の1階本館1に展示されている。「ゲルニカ」はスペイン・マドリード、レイナ・ソフィア国立美術館所蔵の20世紀最も重要な絵画といわれる門外不出の作品で、これを大塚国際美術館が『陶板』で同じ大きさの幅777×349で造りあげた。
この「ゲルニカ」は1937年4月、スペインに対して反乱を企てたフランコ将軍の要請に応じたナチス・ドイツの爆撃機が、ゲルニカの町に無差別爆撃を加え、市民も町も全滅させたというニュース耳にしたピカソが、衝撃を受け、わずか1ヶ月で仕上げ、パリ万国博覧会スペイン館の壁画として出品したもの。
左側に描かれている母子、腋(わき)を開く女性、闘牛の牛などの主題もネガティヴに反転させられて、世界の悲劇の告発に個人の悲劇が力を与えている。爆撃を直接に想起させるものは何も描かれていないが、それゆえに、人間を襲う悲劇に対する、極めて強烈な反対の意思表示となっている(大塚国際美術館 西洋絵画300選より)
- ◆最後の晩餐(系統展示) 〜 大塚国際美術館 B2階
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- 大塚国際美術館 最後の晩餐「修復前」「修復後」
大塚国際美術館B2階には、レオナルド・ダ・ヴィンチ作最後の晩餐の「修復前」と「修復後」の2作品を、同時に鑑賞する事ができるように一つの部屋に展示している。 -
- 大塚国際美術館 最後の晩餐「修復前」「修復後」
「最後の晩餐」はサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ修道院(イタリア・ミラノ)の食堂に、ダ・ヴィンチが1495〜1498年に描いた幅910×高さ420のテンペラ壁画。壁画は通常フレスコで描くところ、ダ・ヴィンチは「最後の晩餐」をテンペラで描いために、この壁画はその後見る影もなく悲惨な運命を辿った。しかし20世紀の修復という科学によって、真のレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」は復活した。
現地イタリアでは、いまや「修復前」の壁画を鑑賞することできないが、大塚国際美術館では、最後の晩餐の「修復前」と「修復後」を比較しながら鑑賞するという貴重な体験ができる。
- ◆レオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」修復前と修復後 〜 大塚国際美術館
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- 大塚国際美術館 最後の晩餐「修復前」
最後の晩餐「修復前」の壁画は1970年代まで、その芸術的価値もよく分からないほど画面は暗く、形もはっきりしなかった。ところどころにレオナルドらしくないタッチがあったりもあった。その損傷の理由は、レオナルドが漆喰の壁にはふさわしくないテンペラ(顔料に亜麻仁油と卵 を混ぜたもの)で描いたこと、教会の食堂の壁に描かれたために湿気をたえず吸収してしまったこと、1943年に連合軍の空爆によって建物が破壊されて構造体が大打撃を受けたことなどだった。その上18世紀以降、繰り返し描き直しや描き加えが行われ、見る影もなく悲惨な運命を辿ってしまった。 -
- 大塚国際美術館 最後の晩餐「修復後」
最後の晩餐「修復後」の壁画は、1977年に、ミラノの文化財保存監督局が女性の修復士ピニン・ブランビッラ氏に依頼して、科学的検査をもとに、画面に堆積した塵や加筆を細い筆で 取り除いてゆくという綿密細心な気の遠くなるような修復作業が開始され、それが20年も続き色鮮やかに甦った。
- ◆レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」とは 〜 サンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ教会
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- 最後の晩餐 サンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ教会(修道院)
レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」は、『この中に裏切り者がいる』というイエスの言葉に驚いている弟子たちの瞬間の動作を、ダ・ヴィンチは捉えて描いている。このような主題を人間の心理劇に変えることは画期的だったが、この壁画の中には教義的な象徴も隠されている。遠近法の消失点、つまり天地の交わる点にキリストの頭があり、世界の中心にキリストがいる事を象徴している(大塚国際美術館 西洋絵画100選より)
名称 | 大塚国際美術館の見所〜4 ストゥディオーロ 最後の晩餐 |
会期 | |
美術館名 | 大塚国際美術館 Otsuka-Museum (徳島県・鳴門市) |
開館時間 | 9:30〜17:00 |
休館日 | 月曜日 (祝日の場合は翌日) |
住所 | 〒772-0053 徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦字福池65−1 鳴門公園内 |
電話番号 | 088-687-3737 |
公式サイト | http://www.o-museum.or.jp/ |